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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)2099号 判決

控訴人

森勝也

右訴訟代理人弁護士

古家野泰也

塚本誠一

被控訴人

津田電線株式会社

右代表者代表取締役

津田幸彦

右訴訟代理人弁護士

村田敏行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対して昭和四九年四月一日付でした大阪営業所課長を命ずる(課長代理待遇)との辞令は、本案判決確定に至るまで仮にその効力を停止する。被控訴人は控訴人を従業員として扱い、同年六月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日かぎり金一二万三、四七〇円を仮に支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および疎明関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

一  主張

(一)  控訴人

1  被控訴会社のいわゆるキャリヤ・システムは、別段内規があるわけでもなく、一応の標準的な基準にすぎず、これを会社が硬直的、強行的に適用するときは、組合員の範囲を定めた労働協約とのかかわりにおいて黄犬契約とならざるをえない。しかも、被控訴会社は、年功をもとにしつつも、能力主義的要素を加味し、能力のある者にそれ相当の待遇をして従業員の能力を伸ばし、勤労意欲を昂め、適材適所の人員配置を行うことを狙いとする資格制度を導入し、人事の適正かつ弾力的運営を所期していたのであるから、それにもかかわらず右キャリヤ・システムを唯一絶対的な制度であるかのように適用するについてはいささかの合理性もなく、その目的は控訴人の組合員資格の剥奪にあったとみるのが自然である。ちなみに、前示資格制度によれば、被控訴会社の従業員はそれぞれその能力と経験に応じた資格を付与されるが、控訴人が命ぜられた課長代理は、事務職員の場合、大学卒業後八年以上在職した者のうち、昇格審査による判定によって主事二級の資格を取得した者から選ばれるという程度にすぎないのである。そして、右資格制度がキャリヤ・システムの欠陥を補正するために導入されたものであることからすれば、この資格制度こそ昇進制度の骨格をなすものとみなければならない。してみると、被控訴会社の制度上も、入社後八年を経過したとのひとことにより控訴人を課長代理に昇進させる必要性はなく、結局のところ、本件辞令は、控訴人の組合活動を嫌悪した被控訴会社がキャリヤ・システムに藉口して、前記のとおり、組合員資格を奪おうとしたものであり、労組法七条一号の不当労働行為に該当することが明白である。

2  本件辞令の発令と本件解雇は、控訴人の組合活動を封じるためにされた一連の行為であり、包括して一個の不当労働行為を構成するものである。しかし仮に右発令が不当労働行為にあたらないとしても、右辞令の撤回を求める控訴人の行動は、労働協約に関する覚書八条もしくは労働協約第七章の苦情処理の定めからみて是認できるものであるところ、控訴人の行動が被控訴会社の業務、生産に何らの影響を及ぼすものでなかったことは明白であるから、この行動を嫌悪してした本件解雇は労組法七条一号の不当労働行為に該当するというべきである。なお、本件辞令の拒否により被控訴会社の人事秩序が乱されたということはできない。すなわち、被控訴会社はキャリヤ・システムの弾力的運営を期して資格制度を設けたのであるから、キャリヤ・システムによる昇進対象者全員を理由のいかんを問わず昇進させなければならない理由はない。しかも、控訴人が右辞令を拒否したことにより被控訴会社に及んだ具体的、現実的な影響は何もなく、将来、組合活動をしたいために昇進拒否をする者があらわれては困るという被控訴会社の抽象的な不安が残っただけである。

(二)  被控訴人

1  被控訴会社の昇進制度はキャリヤ・システムにより運営されているのであって、資格制度で動かされているのではない。従って、キャリヤ・システムが昇進制度の骨格をなすものであって、その欠陥を補正する意味で資格制度が機能するのは、相当の役職につきうる能力等をもちながら、その能力にふさわしい役職につきえない従業員にそれ相当の処遇をする場面にある。換言すれば、キャリヤ・システムは被控訴会社の企業としての運営をするための制度であり、資格制度は従業員の待遇のための制度である。そして、本件辞令は、昇進制度の骨格であるキャリヤ・システムの文字どおりの適用によるものであり、控訴人の組合活動と右辞令との間には何らの因果関係もない。

2  本件解雇事由は、二カ月にもわたる被控訴会社の度重なる説得にもかかわらず、正当な理由もなく本件辞令の撤回を強要し、あくまでもこれに従うことを拒否したことにあり、単に右辞令の撤回を求める行動をしたというだけのことではない。

二  疎明関係(略)

理由

当裁判所も、控訴人の本件仮処分申請は失当として排斥を免れない、と判断するものであって、その理由は、左記のとおり付加するほか、原判決理由の説示するところと同じであるから、これをここに引用する。なお、当審における疎明資料も原判決の認定、判断を左右するものではない。

1  (書証・人証略)によれば、被控訴会社は、昭和四二年四月、「資格規定」を制定し、各従業員に対して能力、経験等に応じた一定の資格を付与するいわゆる資格制度を導入したが、この制度の趣旨は、主として、被控訴会社における役職数との関係やその他の事情から、役職につきえない者に対しても少くとも右資格に応じた処遇(手当)を与えることにあり、昇進人事についてのいわゆるキャリヤ・システムを変更し、あるいはこれと抵触するものではないことが一応認められる。そして、本件辞令の発令は、従前から実施されてきた右キャリヤ・システムをそのまま適用した結果によるものであって、そこに被控訴会社の不当労働行為意思を推認することができないことは原判決説示のとおりである。なお、控訴人は、右キャリヤ・システムを硬直的、強行的に適用するときは、組合員の範囲を定めた労働協約とのかかわりでいわゆる黄犬契約とならざるをえない旨主張するけれども、労組法七条一号本文後段により黄犬契約が禁止される理由はそれが労働者の自主的団結を甚だしく阻害することにあるものと解されるところ、本件辞令による昇進に伴う控訴人の組合員資格の喪失は、被控訴会社と同会社従業員の自主的団結体である労働組合間の労働協約の定めに由来するものであるから、これと前示キャリヤ・システムとのかかわりを問題とする余地はなく、結局、この点に関する控訴人の主張は失当というべきである。

2  控訴人は、本件辞令の撤回要求のための行動は、労働協約に関する覚書中八条関係の部分ないしは労働協約第七章の苦情処理の定めからみて是認されるべき正当な行為である旨主張するけれども、それが右覚書に基づく行為に該当しないことは前示引用にかかる原判決理由第二項(四)の1に説示されているとおりであるし、成立に争いのない(書証略)により明白な右労働協約第七章の規定内容からすれば、本件辞令についての不満が同章により処理の対象となる「苦情」にあたるかどうか疑いがないではないけれども、その点はさておき、右規定内容との対比上、前示原判決認定の控訴人の辞令撤回要求のための行動が同章による苦情申立てに該当するものとは認めがたい。のみならず、右引用にかかる原判決認定の事実関係によれば、本件解雇は控訴人の単なる辞令撤回要求のための行動のみを原因としたものではなく、二カ月間にわたる被控訴会社の説得にもかかわらず、あくまでも本件辞令の受諾を拒否したことを原因としたものであることが明らかである。そして、右のように、控訴人があくまでも辞令の受諾を拒否する以上、被控訴会社としては、右辞令の撤回または控訴人の解雇以外にはとるべき途がないというべきところ、正当な事由のないかぎり、有効な辞令の撤回はそれ自体企業の人事秩序を乱すものといわなければならないから、原判決の説示するとおり、本件解雇は不当労働行為にあたらないのはもちろん、権利の濫用に該当するものとも解しがたい。

そうすると、本件仮処分申請を却下した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 裁判官 尾方滋)

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